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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)116号 判決

東京都荒川区西尾久四丁目四番一一号

原告

門田吉良

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長 柴田勝夫

右指定代理人

矢吹雄太郎

石倉正光

信太勲

近江紳二

山本善春

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成二年三月五日付けでした

(一) 昭和六一年分所得税についての更正のうち総所得金額二五〇万七四七九円、納付すべき税額五万二九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 昭和六二年分所得税についての更正のうち総所得金額二七四万四〇〇〇円、納付すべき税額三万六七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(三) 昭和六三年分所得税についての更正のうち総所得金額三一一万五四四四円、納付すべき税額六万六九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住所地において酒類等の小売業を営む個人事業者であるが、昭和六一年分ないし昭和六三年分(以下「係争各年分」という。)の所得税につき、それぞれ総所得金額を別表1の〈1〉欄記載のとおりとし、納税額を同表の〈2〉欄記載のとおりとして、いずれも法定の期限内に確定申告をした。

被告は、平成二年三月五日、原告に対し、係争各年分の所得税につき、それぞれ総所得金額を同表の〈3〉欄記載のとおりとし、納付すべき税額を同表の〈4〉欄記載のとおりとする更正(以下「本件各更正」という。)をするとともに、同表の〈5〉欄記載のとおりの額の過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件各決定」という。)をした(本件各更正及び本件各決定をあわせて「本件各処分」という。)。

原告は、平成二年四月一六日、被告に対し本件各処分につき異議申立てをしたが、同年七月三日付けで棄却されたため、同月三一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成四年三月三〇日付けで棄却された。

2  しかし、本件各更正には原告の所得金額を過大に認定した違法があり、本件各更正を前提とする本件各決定も違法であるから、原告は本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  抗弁

本件各更正は、原告の係争各年分の事業所得の金額を推計し、これに申告どおりの不動産所得の金額を加えた総所得金額を基礎として行われたものであるところ、以下に述べるとおり、本件においては推計による課税が必要であり、推計の結果も合理的である。

1  推計の必要性

(一) 原告の係争各年分の確定申告書は、事業所得に係る収入金額欄に記載がないうえ収支計算書も添付されておらず、「その他の事業」の所得欄には赤字の金額が記載されていたこと、修正申告のあった昭和五七年分の翌年以降、確定申告に係る事業所得の金額が低下していたことから、被告は、原告の係争各年分の所得税について調査する必要があると認め、被告所部職員の西道昭(以下「西係官」という。)にその調査を命じた。

(二) 西係官は、平成元年四月一八日午後一時三〇分ころ、原告の事業所に臨場し、原告及びその妻に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、所得税の調査のために臨場した旨を告げ、原告から事業の概況につき簡単な説明を受けるとともに売上帳の提示を受けた。同係官は、右売上帳の月ごとの売上金額を筆写し始めたところ、原告が筆写の最中に突然調査の中止を強く主張したため当日の調査を断念した。

(三) 西係官は、平成元年五月一一日午後一時三〇分ころ原告の事業所に臨場したが、原告は、調査理由の開示等を励行して調査を行うと約束しない限り調査には応じない旨主張し、同係官へ帳簿書類を提示することも拒否した。

(四) 西係官は、平成元年六月二二日午後二時ころ、二九日午後二時ころの二度にわたって原告の事業所に臨場したが、原告は、「調査に第三者の立会いを認めるかどうか、納税者本人の承諾なく反面調査をするのかしないのかについて税務署長が文書で回答しない限り、調査には応じない。」、「質問書に文書で回答しない限り調査に応じない。」などと主張して、調査に応じようとしなかった。

(五) その後、西係官が、平成元年八月一一日午前一一時ころ、原告の事業所に臨場したところ、原告は、昭和六三年分の申告所得集計表及び店舗賃貸借契約書を提示したが、その外の帳簿書類は一切提示しようとせず、右集計表の内容が原告の昭和六三年分の申告内容と一致しないことについても、具体的な説明をしようとはしなかった。

(六) 右のとおり、原告は、西係官の再三にわたる要請にもかかわらず、係争各年分の所得金額の算出根拠を明らかにする資料の提示をせず、同係官の調査に応じようとしなかったものであって、このような状況においては、原告の係争各年分の所得を実額で把握することは不可能であったため、被告は、やむなく被告の調査によって把握した事実を基礎として推計により原告の事業所得の金額を算出し、本件各更正を行ったものであるから、右推計にはその必要性があったといわなければならない。

2  推計の合理性

(一) 原告の酒類の販売数量

原告の係争各年分の酒類の販売数量は、それぞれ別表1の〈8〉欄記載のとおりである。

(二) 比準売上金額及び比準経費率の算出方法

(1) 被告は、右(一)の酒類販売数量を基礎とし、原告と事業規模が類似する酒類小売業者(以下「比準同業者」という。)の係争各年分の酒類販売数量一リットル当たりの売上金額の平均値(以下「比準売上金額」という。)及び売上金額に占める必要経費の割合の平均値(以下「比準経費率」という。)を用いて推計を行った。

(2) 被告が右推計に用いた比準同業者は、荒川税務署管内に住所を有する者のうち、原告と同じく荒川区西尾久に事業所を有して酒類小売業を営む事業者であって、次の条件を充たす者である。

ア 係争各年分について青色申告の承認を受けている者

イ 係争各年分の酒類の販売数量が原告のそれの二分の一以上二倍以内の者

ウ 年を通じて酒類小売業を営んでいる者

エ 青色事業専従者の人数が一人である者

オ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

カ 課税処分に対する不服申立て又は訴訟が係属中でない者

(3) 比準同業者として抽出された者は、昭和六一年分について五名、昭和六二年分及び昭和六三年分について各四名であり、それら比準同業者各人の売上金額、酒類の販売数量、酒類販売数量一リットル当たりの売上金額、必要経費、経費率(売上金額に占める必要経費の割合)は、別表2ないし4のとおりであったから、係争各年分の比準売上金額は別表1の〈9〉欄に、比準経費率は同表の〈11〉欄に各記載のとおりとなった。

(三) 推計による収入金額及び一般経費

右(一)の酒類販売数量に右(二)の比準売上金額を乗じた原告の係争各年分の収入金額は別表1の〈7〉欄記載のとおりであり、その収入金額に右(二)の比準経費率を乗じた原告の係争各年分の必要経費は同表の〈10〉欄記載のとおりであるから、その収入金額から必要経費及び事業専従者控除の金額(昭和六一年分は四五万円、昭和六二年分と昭和六三年分は六〇万円)を控除して得られる原告の係争各年分の事業所得の金額は、同表の〈6〉欄記載のとおりとなる。

3  総所得金額

原告の係争各年分の不動産所得の金額は、昭和六一年分が九四万五〇〇〇円、昭和六二年分が一三四万四〇〇〇円、昭和六三年分が一五六万円であるから、これらの所得金額と前記事業所得の金額とを合算した原告の係争各年分の総所得金額は別表1の〈3〉欄記載のとおりとなる。

したがって、本件各更正は原告の係争各年分の所得金額を過大に認定するものではなく、適法である。

4  本件各決定の根拠

(一) 昭和六一年分

昭和六一年分についての更正によって新たに納付すべきものとされた税額九九万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた額であり、昭和六二年及び昭和六三年分についても同様である。)に国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)所定の一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額及び同条二項により右九九万円のうち五〇万円を超える税額四九万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額との合計七万四〇〇〇円が当該年分の過少申告加算税額である。

(二) 昭和六二年分

昭和六二年分についての更正によって新たに納付すべきものとされた税額八〇万円に同法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの)所定の一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額及び同条二項により右八〇万円のうち五〇万円を超える税額三〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額との合計九万五〇〇〇円が当該年分の過少申告加算税額である。

(三) 昭和六三年分

昭和六三年分についての更正によって新たに納付すべきものとされた税額七二万円に同法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの)所定の一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額及び同条二項により右七二万円のうち五〇万円を超える税額二二万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額との合計八万三〇〇〇円が当該年分の過少申告加算税額である。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

(認否)

1 抗弁1の冒頭部分は争う。

2(一) 同1(一)のうち、各確定申告書の事業所得に係る収入金額欄に記載がなく、収支計算書の添付がされていなかったこと、「その他の事業」の所得欄に赤字の金額が記載されていることは認めるが、その余は不知。

(二) 同1(二)のうち、西係官が主張の日時に原告の事業所に臨場し、原告及びその妻に対し、身分証明書及び質問検査章を提示したことは認めるが、その余は争う。

(三) 同1(三)ないし(五)のうち、西係官が主張の日時に原告の事業所に臨場したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同1(六)は争う。

3 同2、3は争う。

(原告の主張)

1 西係官は、原告が西係官の調査に協力して帳簿書類等を提示していたのに、その帳簿書類が信用できないものと一方的に決め付け、原告の係争各年分の所得金額の実額調査を放棄して反面調査を行ったのである。西係官の調査は、調査の必要性がないのに開始され、調査期日の事前通知も調査理由の開示もせずに行われたのであり、社会的相当性を欠く違法な調査であったから、このような違法な調査を前提とする本件各処分は違法である。

2 被告主張の推計方法は、比準同業者の氏名や決算内容を原告に明らかにしないまま、比準同業者の平均の所得率を採用して行われた著しく不合理なものであり、合理性がない。

なお、原告の係争各年分の仕入先は、東京コカコーラボトリング株式会社ほか七社であって、その仕入金額は、昭和六一年分が三八五四万八六八四円、昭和六二年分が三七四九万六四九四円、昭和六三年分が三五五九万四六四〇円である。

3 また、原告は、昭和五六年以降副業として貸金業を営んでいたが、昭和五八年に金員を貸し付けた有限会社ミヤコ建装が同年中に不渡手形を出して倒産し、昭和六一年にはその貸金の保証人も破産宣告を受けたため、右貸金四一〇万円が回収不能になった。右四一〇万円は、その全額が昭和六一年分の損失として同年分の原告の所得金額から控除されるべきであるから、原告の同年分の所得金額はそれだけ減少することになる。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

第二本件各更正の適法性について

二 推計の必要性について

1  まず、被告において推計による更正を行う必要があったかどうかについて検討するに、いずれも成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第九号証、第一〇号証及び証人西道昭の証言によれば、以下の事実が認められ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告が提出した係争各年分の所得税の確定申告書には、所得金額欄に各種所得の結論となる金額のみが記載され、その計算の基礎となる収入金額の記入欄が空白となっており(ただし、昭和六一年分の不動産所得については収入金額の記載がある。)、主たる収入であるはずの事実所得に関する収支計算書も添付されていなかったほか、「その他の事業」の所得欄には、昭和六一年分につき八〇万円の、昭和六二年分につき一〇〇万円の、昭和六三年分につき七〇万円の各欠損金額が記入され、これら欠損金額と他の所得金額とが通算されて総所得金額が算出されていたが、原告は、確定申告書にその欠損が何であるかを明らかにする資料を添付していなかった(右確定申告書の事業所得に係る収入金額欄に記載がなく、収支計算書の添付がされていなかったこと、「その他の事業」の所得欄に赤字の金額が記載されていることは、当事者間に争いがない。)。また、原告の申告に係る事業所得の金額は、昭和五八年分以降、次第に低下していた。

右のようなことから、被告は、係争各年分の原告の申告所得金額が正確であるかどうかを調査する必要があるものと判断し、所属の税務職員である西係官に原告の係争各年分の所得税の調査を命じた。

(二)  西係官は、平成元年四月一八日午後一時三〇分ころ、原告の事業所に臨場し、原告及びその妻に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し(この点は当事者間に争いがない。)、係争各年分の所得税の調査のために臨場したことを説明したうえ、原告から事業の概況につき簡単な説明を受けたが、その際、原告は、現金出納帳の記帳をしていない旨述べていた。次いで、西係官は、原告から売上帳の提示を受け、各月の売上金額を持参のメモ用紙に筆写していたところ、その途中で、原告が、事前通知なしに臨場したことを理由に調査の中止を主張したため、西係官は、その日の調査を断念し、原告の了解を得て次回の臨場日時を同月二七日午後一時三〇分と定めその場を辞した。その後、同月二七日の朝になって、原告から当日の調査の延期の申入れがあり、次回は同年五月一一日午後一時三〇分に臨場することとなった。

(三)  西係官は、平成元年五月一一日午後一時三〇分ころ原告の事業所に臨場したが(この点は当事者間に争いがない。)、原告は、西係官に対し、日本共産党の国会議員が東京国税局長に申し入れた事柄を記載した文書のコピーを示し、調査理由の開示等その文書に書かれたとおりの方法で調査を行うと約束するよう要求した。これに対し、西係官は、法律や税務運営方針に従って調査を行う旨述べて帳簿書類の提示を求めたが、原告は、右文書どおりの内容を約束しない限り調査に協力しないと主張してこれを拒否した。西係官は、調査に協力しなければ取引先への反面調査など税務署独自の調査をせざるをえない旨を説明して、調査への協力を説得したが、原告が協力する態度を全く示さなかったため、次の調査日時を話し合うこともできないまま、その場を辞した。

(四)  西係官は、平成元年六月二二日午後二時ころ原告の事業所に臨場したところ(この点は当事者間に争いがない。)、原告は、調査に第三者の立会いを認めるかどうか、納税者本人の承諾なく反面調査をするのかしないのかという点について税務署長が文書で回答しない限り、調査には応じない旨主張した。西係官は、調査には税理士等の資格のあるもの以外の立会いは認められないし、反面調査は原告の承諾の有無にかかわりなく必要があれば行う旨説明したが、原告は、これに納得せず、調査に協力しようとはしなかった。そのため、西係官はその日の調査も諦め、同月二六日二時ころ改めて臨場する旨を告げてその場を辞した。しかし、同月二六日になって、原告から、臨場を同月二九日午後二時に変更してほしい旨の電話があり、西係官もこれを了解して、右日時に臨場することとした。

(五)  ところが、西係官が平成元年六月二九日午後二時ころ原告の事業所に臨場したところ(この点は当事者間に争いがない。)、原告は、西係官に対し、原告が自書した質問書と題する書面を示し、これを持って帰るよう求めた、右質問書には、調査に第三者の立会いを認めない理由及び調査をしなければならない理由を一か月以内に回答するよう求める旨が記載されていたので、西係官は、立会人は従前から認めていないこと、調査の理由は申告所得金額が正確かどうかを確認するためであることを説明したが、原告は、納得せず、あくまで右質問書に税務署長が文書で回答しない限り調査には応じないと主張した。そこで、西係官は、もはや原告の協力により所得金額の確認を行うことは困難であると判断し、税務署独自に原告の所得金額の調査を行う旨を告げて、その場を辞した。

(六)  西係官は、その後も二度ばかり原告の事業所に臨場したが、原告がいなかったり原告に拒否されたりして調査ができなかったところ、平成元年八月一一日午前一一時に原告の事業所に臨場した際に(西係官が右日時に臨場したことは当事者間に争いがない。)、原告から昭和六三年分の申告所得集計表及び店舗賃貸借契約書の提示を受けた。しかし、西係官は、右集計表が原告の昭和六三年分の申告内容と一致しないことに気付き、その不一致について説明を求めたが、原告からの説明はなかった。また、西係官は、係争各年分の確定申告書に記載された「その他の事業」の欠損金額が何かを質問したが、原告は、昔の貸金の貸倒れであると述べるだけで、具体的な説明は何もしなかったし、それ以上に帳簿書類等の資料を提示するようなこともなかった。

原告は、その後、西係官に対し、貸金の貸倒れに関する資料を荒川税務署に持参して提示する旨を電話で申し入れるなどしたが、結局、そのような資料を持参して税務署を訪れることはなかった。

2  右認定した事実によれば、原告は、西係官から係争各年分の所得金額の算出根拠を明らかにする帳簿書類等の提示を求められたのに、これに応じることなく、同係官の調査に協力しようとしなかったものであるから、このような状況の下では、被告が係争各年分の原告の所得金額を実額で把握することは不可能であったといわなければならない。

したがって、被告が本件各更正を行うにあたっては原告の係争各年分の事業所得の金額につき推計の必要性があったということができる。

3  なお、原告は、西係官の調査は、調査の必要性がないのに開始され、調査期日の事前通知も調査理由の開示もせずに行われたもので、社会的相当性を欠く違法な調査であったと主張する。

しかし、右1(一)の認定事実に照らせば、被告において原告の係争各年分の申告所得金額が正確であるかどうかの調査を行う必要があったと判断したことには相当の理由があるというべきであるし、また、西係官が原告に対し、調査の理由は申告所得金額が正確であるかどうかを確認するためである旨を説明していることは、すでに認定したとおりである。また、税務職員が調査のために納税者の事業所に臨場する場合に予めその日時を通知することは、法律上義務付けられているわけではなく、事前の通知を行うかどうかは調査を担当する税務職員の合理的な判断に委ねられているものと解すべきであるから、西係官が事前通知をせずに原告の事業所に臨場したことによって同係官の調査活動が違法であったとすることはできないし、前記認定した調査の経緯からすれば、本件においては、社会通念に照らし妥当性を欠くような調査活動が行われたとする事情は何ら窺うことができず、調査の違法をいう原告の主張は理由がない。

二 推計の合理性について

1  原告の係争各年分の酒類販売数量等

いずれも成立に争いのない乙第一一ないし第一三号証の各一ないし一二(いずれも、原告が酒税法四七条四項の規定に基づいて荒川税務署に提出した「酒類の購入及び販売の数量等報告書」である。)及び弁論の全趣旨によれば、原告の酒類等小売業に常時従事している者は原告とその妻の二人であり、原告は、昭和六一年に六万四七七〇リットル、昭和六二年に六万一七一二リットル、昭和六三年に五万九二五九リットルの数量の酒類を販売した事実が認められる。

2  比準売上金額及び比準経費率

いずれも成立に争いのない乙第五ないし第八号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  東京国税国局長は、被告に対し、平成四年一二月七日付けで「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、係争各年分につき、次の(1)ないし(6)の条件すべてに該当する者の全員を比準同業者として抽出し、係争各年分の〈A〉売上金額、〈B〉酒類の販売数量、〈C〉必要経費(売上原価及び一般の経費の合計額)、〈D〉販売数量一リットル当たりの売上金額(〈A〉を〈B〉で除したもの)、〈E〉経費率(〈C〉を〈A〉で除したもの)を報告するよう求めた。

(1) 酒類小売業を営む者

(2) 青色申告の承認を受けている者で、荒川区西尾久に事業所を有し荒川税務署管内に住所を有する者

(3) 青色事業専従者の人数が一人である者

(4) 係争各年分の酒類販売数量が原告のそれの二分の一以上二倍以下である次の範囲内にある者

ア 昭和六一年分につき三万二三八五リットル以上一二万九五四〇リットル以下

イ 昭和六二年分につき三万〇八五六リットル以上一二万三四二四リットル以下

ウ 昭和六三年分につき二万九六二九・五リットル以上一一万八五一八リットル以下

(5) 年を通じて酒類小売業を継続している者

(6) 次のいずれにも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者

イ 課税処分を受けて不服申立期間が経過していない者あるいは課税処分に対する不服申立手続又は訴訟手続が係属中の者

(二)  荒川税務署職員の玉田修は、右通達に基づき、税務署が保管する確定申告書や決算書等の資料を参考にして右の条件を充たす者全員を抽出したところ、抽出された比準同業者の数は、昭和六一年分について五名、同六二年分及び同六三年分について各四名であった。

(三)  右抽出された比準同業者各人の一年分の売上金額、酒類の販売数量、販売数量一リットル当たりの売上金額、必要経費、経費率(売上金額に占める必要経費の割合)は、昭和六一年分が別表2に、昭和六二年分が別表3に、昭和六三年分が別表4にそれぞれ記載のとおりであり、比準売上金額(酒類の販売数量一リットル当たりの売上金額の平均値)及び比準経費率(経費率の平均値)は次のとおりであった。

〈省略〉

3  そうすると、係争各年分における原告の前記酒類販売数量に右比準売上金額を乗じて推計される原告の売上金額及びその売上金額に右比準経費率を乗じて推計される必要経費は、次のとおりとなることが計算上明らかである(円未満は四捨五入)。

〈省略〉

4  ところで、前記通達による比準同業者の抽出基準は、業種の同一性、事業所の所在地域の近接性、事業規模の近似性、資料の正確性などの点において優に合理性を有するものであり、その抽出過程においても恣意の介在する余地がないことなどからすれば、本件において、原告の販売した酒類の数量を基礎とし、前記同業者の比準売上金額及び比準経費率を用いて原告の係争各年分の売上金額及び必要経費を推計することは、酒類の小売業者の事業所得の金額の推計の方法として十分な合理性があるということができる。

なお、比準同業者の氏名や決算内容が明らかにされていないとしても、そのことから直ちに同業者率を用いた推計方法が合理性を欠くということができないことは明らかであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

三 原告の事業所得の実額について

1  原告は、本訴において、本件各更正のうち申告税額を超える部分の取消しを求め、かつ、被告がした事業所得の金額の推計に合理性がない旨を主張しているので、係争各年分の事業所得の金額はいずれも確定申告に係る金額が正当なものであるとする趣旨と考えられるが、原告は、当裁判所が主張を促したにもかかわらず、事業所得の実額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費並びにそれら金額の明細を具体的に主張しない(なお、原告は、係争各年分の仕入金額について主張するが、必要経費の一部である仕入金額のみを主張しても、事業所得の金額を計算することができないことはいうまでもない。)。

もっとも、原告は、事業所得に関し売上帳等の書証を提出しているので、念のため、それらの書証によって原告の係争各年分の事業所得を実額で把握することが可能かどうかについて検討しておくこととする。

2  前示のとおり、本件において、被告は、原告が現実に販売した酒類の数量を基礎とし、同業者の比準売上金額及び比準経費率を用いて、原告の係争各年分の売上金額及び必要経費の双方を推計しているものであり、右推計による課税に対して、事業所得の実額を把握することができるといえるためには、その売上金額と必要経費の双方を実額によって把握することが必要であることはいうまでもない。そこで、まず、原告提出の資料によって原告の係争各年分の売上金額の実額を正確に把握できるかどうかについて検討する。

(一)  原告は、毎日の売上金額を記載したものと思われる甲第一三、一四号証(以下「日別売上帳」という。)、その毎日の売上金額を月ごとに集計したものと思われる甲第一一号証)以下「月別売上帳」という。)、月ごとの売上金額、仕入金額、経費を記載したものと思われる甲第五ないし第七号証(以下「収支計算書」という。)を提出している。

しかし、前掲乙第一号証によれば、原告が申告した昭和六一年分の事業所得の金額は二三六万二四七九円であることが認められるのに、同年分の収支計算書(甲第六号証)記載の事業所得の金額は二八一万二四七九円であり、乙第二号証によれば原告が申告した昭和六二年分の事業所得の金額は二四〇万円であるのに、同年分の収支計算書(甲第七号証)記載の事業所得の金額は四〇九万二三八五円であって、ともに大きく食い違っており、昭和六三年分の収支計算書(甲第五号証)には事業所得の金額の記載すらされていない。したがって、これら収支計算書に基づいて確定申告が行われたものでないことは明らかである。しかも、収支計算書に記載された売上の金額は、別表5に記載のとおりであるが、その金額と月別売上帳に記載された毎月の合計金額(ただし、月別売上帳には、例えば昭和六三年八月分に一四万五四三五円の足し算の誤りがあるなど計算の誤りが散見される。)は、昭和六一年五月分に一〇〇万円もの大幅な食違いがある(月別売上帳の昭和六一年五月分の売上金額三六二万〇一五八円が一〇〇万円も減額されて二六二万〇一五八円として収支計算書に転記されている。)ほか、昭和六二年五月分に八万〇一〇〇円の、同年八月分に一二万円の食違いがみられるが、そのどちらかが正しい金額だとしても、いずれも原告の申告した事業所得の金額を基礎付けるものとはいい難い。

また、月別売上帳の昭和六二年一月分の売上金額四二四万六八三六円は集計の誤りであって、正しくは二八二万六三八五円であると思われる(このような集計の誤りが正されないまま収支計算書に転記されている。)が、このような多額の集計の誤りが何らの疑問もなく放置されたままでは、原告提出の月別売上帳が月ごとの売上を正確に記録し管理するという本来の意味を有するものといえるか疑問であり、これを売上金額の算出の基礎とすることには躊躇せざるをえない。

なお、日別売上帳には、売上の合計金額が記載されているだけで、売上商品ごとの内訳の記載のない部分が散見されるほか、その内訳が記載されている場合でも、売上の合計金額の計算に不明な点のあるものがあり、右日別売上帳もまた、毎日の売上実績を日々正確に記帳したものといえるか疑問がある。

(二)  さらに、収支計算書に記載された別表5に記載の年間合計売上金額は、被告が推計した別表1の〈7〉欄記載の収入金額と比較して、約七〇〇万円ないし一〇〇〇万円も低額である。そして、別表5に記載の年間合計売上金額を前提とすれば、前記認定の原告の酒類販売数量によって算出される原告の酒類販売数量一リットル当たりの売上金額は、昭和六一年分が六六二・三八円、昭和六二年分が七一一・一六円、昭和六三年分が六八〇・七八円となる。この金額は、比準売上金額と比較して大幅に低額なものである。

しかし、酒類の小売業は、酒税法所定の許可制度により、小規模の個人事業者であっても比較的安定した経営が困難ではないと考えられるから、酒類販売数量一リットル当たりの売上金額が原告のそれと近隣の事業規模が似通った同業者との間で大幅に異なるとは考えにくく、その金額の右のように大幅な相違は不自然であるとの感を否めないのであって、収支計算書記載の売上金額には相当程度の売上が除外されているのではないかとの疑いを払拭し難い。

(三)  右のとおり、日別売上帳及び月別売上帳はその記載自体から信頼性に疑問が存するところ、一般に、事業者が事業の収支の推移を知り、収支を管理するためには売上金額、仕入金額、一般経費の出入りを継続的に把握するために金銭出納帳(あるいはこれに類する帳簿)を記帳することが通常であると思われるが、本件においては継続的に記帳されていたとみられるその種の帳簿の提出もなく、したがって、原告提出の日別売上帳や月別売上帳が事業収入を正確に記録するためにその都度作成された信頼性のあるものであることを裏付ける客観的な資料もないというべきであるから、それら売上帳によっては、原告の事業所得に係る収入金額の的確な把握が困難であるといわなければならない。

3  右のとおりであるから、原告提出の日別売上帳、月別売上帳及び収支計算書によっては、係争各年分の原告の売上金額を的確に認定することは困難であり、したがって、その余の書証を検討するまでもなく、原告の事業所得の金額を実額によって的確に把握することはできないといわなければならない。

四 係争各年分の総所得金額

1  原告の事業所得の金額は、前記二の3記載の収入金額から必要経費及び事業専従者控除の金額(昭和六一年分は四五万円、昭和六二年分及び昭和六三年分は各六〇万円である。)を控除した昭和六一年分は六七四万九五七九円、昭和六二年分は六三〇万三〇六〇円、昭和六三年分は六三六万七六八八円となるところ、前掲乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年中に九四万五〇〇〇円、昭和六二年中に一三四万四〇〇〇円、昭和六三年中に一五六万円の各不動産所得を得たことが認められる。

そうすると、右事業所得の金額と不動産所得の金額とを合計した原告の係争各年分の総所得金額は、次のとおりである。

昭和六一年分 七六九万四五七九円

昭和六二年分 七六四万七〇六〇円

昭和六三年分 七九二万七六八八円

2  ところで、原告は、昭和五八年に有限会社ミヤコ建装に貸付けた金員のうち四一〇万円が回収不能になっているから、その金額が昭和六一年分の損失として同年分の原告の事業所得から控除されるべきである旨を主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告が昭和五八年当時不特定多数の顧客を相手に金利を定めて金員を貸し付けるという継続的な事業活動を行っていたものでないことは明らかであり、右貸金によって得られる所得があったとしても、その所得は所得税法上の雑所得に該当することになる。そして、所得税法五一条四項によれば、雑所得を算出する際に必要経費に算入することのできる損失の金額はその損失が生じた年分の雑所得の金額を限度とすることが明らかであるから、原告主張の貸倒れによる損失が、雑所得以外の所得に影響することはありえないところである。したがって、仮に原告主張の貸倒れがあったとしても、昭和六一年分の原告の所得(すなわち事業所得及び不動産所得)の金額の算出に際し、その貸倒れによる損失の金額を控除することはできず、この点に関する原告の主張は失当である。

3  したがって、本件各更正は、原告の所得を過大に認定した違法なものではなく、いずれも適法である。

第三本件各決定の適法性について

本件各更正が適法であることは前示のとおりであるから、本件各更正を前提として、国税通則法六五条の規定により適法に算出された金額を過少申告加算税として賦課した本件各決定は適法である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)

【別表1】

〈省略〉

【別表2】

比準同業者(昭和61年分)

〈省略〉

【別表3】

比準同業者(昭和62年分)

〈省略〉

【別表4】

比準同業者(昭和63年分)

〈省略〉

【別表5】

〈省略〉

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